『BASEMENT KYOTO』は「改装自由・原状回復義務なし」という条件のもと、入居者が自身の仕事や制作、生活スタイルに合わせて空間をカスタマイズできる、アーティスト向け住宅兼制作スタジオ賃貸プロジェクト。アーティストが多く暮らす街という特性を活かしつつ街並みも守る、京都ならではのプロジェクトが生まれたきっかけは、1軒の空き家でした。
京都のアーティストと空き家をマッチング
年々増加する海外からの旅行客を受け、観光客向けのホテル建設や民家のゲストハウス転用が盛んな京都の街。しかし、観光客が訪れる寺社仏閣と商業施設、市民が暮らす一般住宅が渾然一体としている京都の街には、不特定多数の人が訪れることになる観光客向けの開発が歓迎されないエリアや建物も多くあります。また、街並みや街の歴史への矜持から、古い建物を残そうという気風はあるものの、住みやすさはまた別の話。そうした事情から、実は京都でも空き家が年々増加。その数は7軒に1軒ともいわれています。
『BASEMENT KYOTO』の第一弾「清水五条の家」もそんな空き家のひとつでした。場所は清水五条。東に清水寺、西に鴨川、北に建仁寺、南に三十三間堂という京都の名所に囲まれたロケーションですが、大通りから路地に入るとそこに広がるのは静かな住宅地。昔ながらの造りを残した町家が軒を連ねる合間に、駐車場や町家から建て替えたのであろうハウスメーカー住宅が点在しています。
かつては酒屋の店舗兼住居として使われていたという「清水五条の家」。築70年を超える町家造りの建物で、オーナーは京都出身で現在は海外で働く50代の女性です。オーナーは縁あって知人からこの家を購入したものの、親族がしばらく居住した後は使い道がなく、10年ほど空き家のままになっていました。生まれ育った京都の街並みへの思いもあり、手放す気はなかったというオーナーは、築30年以上の空き家を借り上げ、改修して運用する『カリアゲ』のサービスを知り、カリアゲJAPANにコンタクト。そうして、この家をカリアゲすることになったカリアゲパートナー事業者が、東京と京都で活動する設計・施工会社、TANKでした。
京都には素敵な古い家々がたくさんあり、空き家になってしまっているそうした建物を保存していくための活動に以前から興味を持っていたんです。カリアゲの仕組みやカリアゲJAPANの志にかねてから共感していたこともあって、カリアゲすることを決めました。規模的に賃貸住宅としての運用を考えましたが、京都らしさのある賃貸にしたいと考えた時、アーティスト向けの住居兼制作スタジオとすることを思いついたんです。(TANK・福元さん)
着想のきっかけになったのは、京都に拠点を置き活動する美術家・矢津吉隆さんとの出会い。矢津さんは、京都・壬生馬場町で賃貸アパートだった建物をリノベーションした宿泊型アートスペース「kumagusuku」を運営しており、福元さんはかねてから構想していた、アーティストのアイデアを取り入れたリノベーションの取り組みについて矢津さんに相談をしていたのだそう。そこで話題に挙がったのが、京都在住アーティストのスタジオ&住宅事情でした。
京都には美大が多く、アーティストもたくさん住んでいます。そのため、制作スタジオを借りたいというニーズは多いのですが、それ用に仕立てられた物件はほとんどありません。若いうちは倉庫や古い家などを複数人で借り、シェアして使ってしのぐものの、アーティストとして独り立ちできる頃合いになると、ひとりで使える場所が欲しくなる。さらに、制作の場と生活の場も兼ねたいとなると、一層見つけるのが難しい。住居兼制作スタジオの賃貸物件をつくることは、アーティストのステップアップ支援につながると思ったんです。(矢津さん)
アーティスト目線の改修が施された「改装OK」賃貸へ
そうして「清水五条の家」は、アーティスト向け住宅兼制作スタジオ賃貸として運用することが決まります。福元さんはTANKとして物件をカリアゲ、プロジェクト全体のプロデュースを。矢津さんはプロジェクトデザインを担当し、建築家/リサーチャーの榊原充大さんがアドバイザーとして参加。物件管理や入居者募集はadd SPICEの岸本千佳さんが担当し、設計・施工にはアトリエロウエの丹治徹也さんが加わることが決まりました。
築70年の建物ですが、傾きもなく、構造体の状態は良好でした。元々は1階に水まわりがあったのですが、1階は制作の場、2階は生活の場、というふうに切り分けられるよう、キッチンは2階に変更しました。キッチンや浴室、トイレは生活の基礎になるものなので、あらかじめ改修しています。壁や床は作り込まず下地の状態に留め、入居するアーティストの方に仕上げてもらいやすいようにしました。(丹治さん)
改修プランにも「アーティスト目線」が盛り込まれました。1階は、床はさまざまな作業がしやすいように土間に。天井は、大きな作品もつくりやすいように天井はスケルトンに。壁は間柱を露出したままにして、使い勝手に応じて板を貼ったり棚を付けたりしやすいように。出入り口は引き戸で全開放でき、大きな作品の搬出搬入もしやすいようになっています。
テーマにしたのは、「支持体としての空間」ということでした。支持体というのは、僕らアーティストがものづくりをする際にいつも使う言葉で、立体物ならその芯材であったり、絵画ならキャンバスの素材など、作品づくりの土台になるものを指します。自身の制作スタイルや生活スタイルに合わせて、自由に手を加えていくことができる場を提供することが、創造的な制作の後押しになればと考えました。(矢津さん)
2階はワンルームで、梁や小屋裏を露出させた高い天井、合板仕上げの床や壁など、カスタマイズがしやすい空間になっています。特徴的なのは、「4×8(シハチ)板」と呼ばれる大きな板で作ったシンク付きの大テーブル。料理や食事はもちろん、紙を広げてスケッチを描いたり、立体物を作るなど、制作の場としても十分使えるサイズです。これも矢津さんのアイデアで、日常生活の中からもアーティストの創作意欲を刺激するための仕掛けなのだそう。
改装について建築のプロからアドバイスを受けることができるサービスも付けました。制作内容によっては「ここに水道がほしい」「コンセントがほしい」など、DIYではできないような希望が出てくることもあるでしょう。そうした相談も気軽にできる状態にしておくことで、入居するアーティストは制作に積極的になれますし、空間の改装クオリティも上がります。「アーティストが住んでいた」という痕跡が建物の魅力や価値になっていったら、より面白いと思いますね。(矢津さん)
街に住む人がうれしい、街にも貢献する空き家活用
現在「清水五条の家」に暮らすのは、広告や雑誌などで活躍するカメラマンの田中陽介さん。1階をスタジオ兼仕事場、2階を愛猫と暮らす住居として使っています。以前は、撮影のためにスタジオを借りたり、クライアントに用意されたスタジオを使っていたそう。
1階の奥の壁は、入居時は合板の素地のままだったんですが、スタジオとして使うために白く塗りました。いつでもここで撮影ができるので、仕事の受け方が変わりましたね。あと、僕は車を持っているんですが、普段は1階の出入り口側に停めています。駐車場を別に借りなくても済むし、とても仕事がしやすくなりました。(田中さん)
田中さんはFacebookで「清水五条の家」のオープンハウスが行われることを知り、見学に。その空間や改装OKという条件に惹かれ、その日のうちに入居することを決めたと言います。2階の大テーブルにはパソコンと共にたくさんのグリーンが置かれ、すっかり田中さん仕様に。1階のスタジオを使って「写真館」を始めたそうで、この家をきっかけに、仕事の幅も創作活動の幅も広がっているようです。
今、京都の壬生で『BASEMENT KYOTO』の第2弾を進めています。オーナーは第1弾の「清水五条の家」を知ってご相談に来られたんですが、ご自身が生まれ育った家ということもあって思い入れが深く、所有したまま活用したいということで、『BASEMENT KYOTO』の物件としてカリアゲして運用することになりました。(岸本さん)
多くの空き家が街に眠っている京都。京都市は空き家問題や街の文化維持のための取り組みとして、「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」事業を展開しており、そうした市の取り組みに携わっている榊原さんは、「ただ活用するのではなく、地域に根ざした活用が重要」と話します。
京都では空き家のゲストハウス活用が盛んですが、地域に昔から暮らす人の中にはそれに抵抗感を抱く人も少なくありません。観光事業も大切ですが、市は住む街としての京都の文化や暮らしやすさを重視し、それを維持向上するための取り組みを始めています。実際、京都市は、アーティストの活動支援と結びつけた空き家活用の補助も行っています。『BASEMENT KYOTO』プロジェクトがそのモデルになれればと思いますね。(榊原さん)
「アーティストが暮らす街」という特性を活かしつつ、古都の街並み維持と市民が暮らしやすい環境づくりまでをも考えた、アーティスト向け住宅兼制作スタジオ賃貸『BASEMENT KYOTO』。ただ空き家を使う・直すだけではない、その地域ならではのソフトを活かしながらの空き家活用は、地域の維持再生手法としても参考になりそうです。
自由につくり、自由に暮らす、住居兼制作スタジオ
『BASEMENT KYOTO』
第2弾「壬生の家」、2017年10月完成へ向け進行中!
interview_佐藤可奈子/photograph_*印:OMOTE Nobutada/※印:BASEMENT KYOTO提供/その他:大坊崇
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